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福井地方裁判所 昭和46年(わ)137号 判決 1972年11月30日

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入する。

理由

第一、本件犯行に至るまでの経緯

被告人の父太郎は、被告人の本籍地において明治三四年一二月一一日父十郎、母アキの長男として出生し、同地の尋常小学校卒業後独学で日本大学医学部に入学し、更には九州大学に進んで医学博士となり、東京、福岡、小浜、美浜等で内科医を開業してきたものである。

この間、父太郎は大正一二年に最初の婚姻をなし長女雪子をもうけて離婚し、次いで昭和五年に被告人の母乙山菊子(明治四三年一二月一日生)と婚姻をなし次女月子と長男の被告人をもうけて離婚し、更に昭和一七年に婚姻をなし二男二郎をもうけて離婚したが、その後も次から次と数多くの女性と関係をもった。

被告人は、昭和一〇年九月二五日東京において出生し、しばらくは父母の下で養育を受けたが、父母の離婚により本籍地の祖母アキに預けられ、以来同女に長女雪子と次女月子と一緒に養育され、二度と父母と共に生活をすることはなかった。

父太郎は、被告人が二才の折、右股関節部分に結核性骨髄炎に罹患し右足が曲らなくなった頃から被告人を嫌うようになり、医師でありながら前記部分が化膿しつづけ這うような跛となった被告人を放置したままにし、また被告人が中学校の頃、同人を仕置きするのに薬物を入れた注射器を手にして「殺してやる」と言い跛を引いて泣きながら逃げまどう被告人を追い廻したこともあり、更に被告人が高校進学を希望した際、「跛には教育は必要ない」として姉達は女学校に、弟は大学にまで進学させたにもかかわらず被告人を大阪府守口市にある身体障害者職業訓練所に入所せしめた。

しかし、被告人は約六ヶ月間同所で印鑑の荒削技術の訓練をうけ、その後約八年間大阪市内にある印鑑業者の職人となって技術を修業したうえ、漸く独立し、昭和四一年には大阪市西成区に於いて店舗をかまえて印鑑の製造販売を開業し、昭和四六年二月には印鑑関係の全国技能一級試験に合格するに至っており、また昭和三六年一〇月に妻花子と結婚し、長男(昭和三七年生)、長女(昭和三八年生)、次女(昭和四三年生)の三児をもうけている。

父太郎は、被告人が印鑑職人の頃、前記疾患の手術代の援助を求めて来たにもこれに応ずることなく、やむなくこれに協力した長姉雪子夫婦に対し「恥をかかせた」と恨みつづけ、また被告人の結婚の折、相談に来た妻の兄に対し「財産目当の結婚ならやめてくれ」との返答をなし、更には被告人が店舗開業の際にその資金援助を求めてきたのに対しこれを拒絶する等、いぜんとして被告人に対して冷たい態度をとりつづけていた。

第二、罪となるべき事実

被告人は、昭和四六年五月三一日妻との口論に及んだ際、気晴らしに魚釣りに出掛けることを考え、両時に、同月中頃に次姉月子より父太郎が被告人に過去のことを詫び、その妻子にも会いたい旨洩らしていることを聞いていたので、この際、その真意を確しかめるため同人に会ってこようと決め、大阪から自家用車を運転し、翌六月一日午前二時ころ福井県○○郡○○町○○○×号×番地の父宅に至り、その寝室において同人に対し、今までの事は水に流して妻子に会ってもらいたい、持ち合わせがないので小遣銭を少し貸してほしいと頼んだところ、同人から乞食のようなことをいうな、お前は不良だ、お前のような男は息子でないと罵倒されたうえ顔面を数回殴打され、頭髪を引っぱられる等の暴行を加えられるにおよび、憤慨のあまり同人と取組合い殴り合いとなったが、その際、これまでの同人の冷たい仕打ちに対する恨みを晴らすため同人を殺害しようと決意し、疲れて坐り込んだ同人の首に左腕を巻きつけて頸部をしめあげたうえ、同人を寝台の上に仰向けに叩きつけついで同人の喉頭部を両手でしめあげ、よって間もなく同所において、同人を扼頸により窒息死させて殺害したものである。

第三、証拠の標目≪省略≫

第四、弁護人の主張に対する判断

弁護人は被告人が本件犯行当時、心神耗弱の状態にあったと主張するところ、≪証拠省略≫によると被告人は犯行時においては精神薄弱(魯鈍程度)の状態の上に単純酩酊の第一期にあって短絡反応を起したとのことであるが、前記各証拠および被告人の公判廷で示した動作等を考え合わせると、未だ是非を弁別し、これに従って行動することが著しく困難な状態とはいえないので、右の主張は採用しない。

第五、法令の適用

一、検察官は、本件公訴事実に対する罪名を尊属殺人、罰条を刑法二〇〇条と主張し、これに対し弁護人は右刑法の規定は日本国憲法一四条一項に規定する法の下の平等の原則に違反し無効であると主張するので、この点について検討する。

刑法二〇〇条は殺人の被害者が尊属である場合は、その法定刑の上限を死刑とし、下限を無期懲役に規定するのに対し、同法一九九条は殺人の被害者が右以外の多種多様な関係にあっても全てその法定刑の上限を死刑とし、下限を懲役三年以上と軽く規定し、その処罰において尊属殺人の犯人に対し著るしく不利益な立法をなしていることは明らかである。

ところで、憲法一四条一項は法定立の場合にもすべて国民を平等に取扱うことを要求し、合理性のない不平等な取扱いを禁止していると解せられる。

そこで右の尊属殺重罰の規定について、憲法が許容する合理性の有無を探究するに、検察官は最高裁判所昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日大法廷判決、最高裁判所昭和二四年(れ)第二一〇五号昭和二五年一〇月二五日大法廷判決、等を引用してその理由のあるところを述べているので、これを検討する。

ところで、右判例に言うが如く、前記規定が夫婦、親子、兄弟等の関係を支配する道徳の人類普遍の原理、自然法であり、子の親に対する道徳を重要視して立法したとしても、そこには、何故子の親に対する関係での道徳のみを重罰に立法し、親の子に対する関係、或いはこれに比すべきものとも考えられる夫婦等の関係を普通殺人の刑で律するかの説明はなく、また、これを憲法上合理的に説明することはできないと思料する。

一方、右判例に言うが如く、前記規定が加害者たる卑属の背倫理性をとくに考慮して立法したものとしても、大方の考えが同規定にある「尊属」を法律上のものとし、たとえば全生活面に於いて親子生活の実体がある場合でも殺害されたのが私生子の実親であればこれに含めず、逆に親族的結合の実体がなく、その限りでは他人とも比すべき場合でも殺害されたのが、たんに法律上、自己又は配偶者の養親、祖父母、曽祖父母等であればこれに含めて解釈する以上、右の各場合について卑属の背倫理性の有無、軽重を区別することは困難というよりも不可能であり、一律に前者よりも後者の方が背倫理性が重大であるとしてこれに重罰をもって臨むことの合理性は極めて疑わしい。

従って、加害者たる卑属の背倫理性を考慮したとしても、殺人の被害者を「直系尊属」と把えて立法化し、一般化し、しかもこれを普通殺人の刑に比して著るしく重い刑を規定することは合理性を欠き憲法一四条一項の所期する平等の原則に反するものといわなければならない。

よって、当裁判所は、検察官主張の理由は採用せず、刑法二〇〇条の規定は憲法一四条一項に違反するものとして被告人の判示所為について右の規定の適用を排除する。

二、被告人の判示殺人の所為は、刑法一九九条に該当するから、その所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲で処断すべきところ前記認定のような事情および本件犯行後その罪を清算するため自動車で崖から海に飛び込み自殺をはかったものの奇跡的に助かりその目的を遂げるに至らなかったが、現在深く悔悟していることその他諸般の事情を考慮し、被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち四〇〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宇井正一 裁判官 安倍晴彦 大淵武男)

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